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みなさま、あけましておめでとうございます。
2018年はコトバ大開校の記念すべき年です。
今後とも、よろしくお願いいたします。

さて、お正月でしたね。僕は毎年、奈良の実家に帰りまして、お屠蘇と雑煮に囲まれる、昔ながらのお正月を迎えます。でもさすがに3日連続の御節料理は心が荒んでくるので、夜中にいそいそと奈良名物「スタミナラーメン」を食べにいくわけです。白菜やらニンニクやらがたっぷり入ったパンチのあるラーメンで、これが久々に食べるとたまらなく美味い。

が食べた翌朝、大抵母親(74歳)が「くさいくさい!ニンニクくさい!」と騒ぎはじめます。それも寝ている我が子(41歳)をわざわざ起こして「ニンニクくさい!」となじるわけです。


僕はこれに完全にカッチーン!そもそも「くさい」とは個人の感想であって、いい香りと思う人にとっては「にんにくの素敵な香り」のはず。べつに褒めろとは言わないが、せめて「ニンニクの匂いがする」と言い直しなさい、とニンニクくさい息を吐きながら言ってみます。布団ごと蹴られておしまいですが。。

しかしこの「くさい」という言葉、考えてみるとなかなかエネルギッシュなんですね。

ニンニクのみならず、焼肉くさい、お酒くさい、タバコくさい、香水くさい、カビくさい、ネギくさい、魚くさい、磯くさい、革くさい、鉄くさい、ケモノくさい、などなど表現として続々と生み出されているわけです。
さらに馬鹿くさい、青くさい、嘘くさい、病気くさいなど、別の意味の言葉にも変化している。

例えば、桃やメロン、柑橘系の果物などには、くさいは付けません。さらに燻製や熟成などでわざわざ香りづけしたものにも、くさいは付けない。当たり前ですが、いい香りだという認識が強いからでしょう。

でも、桃いい香り、ハムいい香り、という表現はありません。
くさい、がいかに汎用性があり、人に伝わる強い言葉かが分かります。

さらに分かってくるのが「くさい」というのはやはり感覚的なものなので、言葉というのは絶対的なものから生まれる表現と、感覚的なものから生まれる表現がある、ということ。そうすると、時代とともに感覚はどんどん新しくなるわけだから、新しい言葉や表現が生まれるのは当たり前で、むしろ若者言葉と呼ばれるような新しい表現が生まれることは、時代が進んでいる事を意味するわけだから、どしどしウエルカムなはずなんですね。まじまんじなんです。

そう考えると、日本語の乱れだって喜ぶことができる。
布団ごと蹴られた時に「激マジうざいっす」と言ったら、また蹴られるのがオチなんですけどね。。

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