コトバのコラム 「コトバ大」山葉のぶゆきの週刊連載コラムです。

第11回:恐怖!田舎煮の怪

ふらっと入った居酒屋の壁に、店長の田舎煮、というメニューが貼ってありました。

よくある田舎煮であれば、椎茸や里芋、人参、大根、蒟蒻が。気が利いていれば鶏肉、えんどう豆、筍あたりも入っていて、ばっくりと醤油で煮込こまれた、よくあるスタイルの料理が想像できる。

しかし、店長の、という一言が足されてるだけで、混乱がはじまります。

店長の田舎。
もちろん知らない。

本来、解説が足されると、一歩分かりやすくなるはずなのに、というか、分かりやすくするために解説を足すはずなのに……。

店長の生まれが青森や鹿児島であれば、僕が知っている田舎煮とは違うものかも知れません。

わざわざ、店長の、という言葉をつけていることから邪推すると、北海道や、瀬戸内海の島々のどれか、沖縄ってことだってありえるわけで。

場所(田舎)が変われば、具材はもちろん、調味料だって変わります。醤油ではなく、味噌やあご出汁、豚骨ベースかも知れない。我々が信頼できるのは、煮込み料理である、という部分だけです。

さらに、このご時世、店長が中国、タイ、ミャンマー出身なんてことも、あるかも知れない。

とすると世界中の煮込み料理が可能性を帯びてきます。カレーもボルヒチもアクアパッツァも煮込み料理です。

あるいは、最終的に煮込んでる、という工程が保証されているだけで、僕の知らない国の知らない村で伝わる、怪しげな地獄グルメの可能性だって充分あるのです。

もう僕の頭の中は、奇怪な塊を奇怪な老人がニヤニヤしながら煮込んだ、食べてはいけないものしか想像できなくなっていました。

もちろんそんなものを注文する勇気はないし、店長の地元を聞く勇気もありません。慣れない居酒屋で一人きりというのが、なんともばつが悪い。

だれかと二人だったらきっと平気でした。とくに女性と一緒なら、話の種にホイホイ聞いたでしょう。僕はそういう人間です。

しかし、悪いのは僕ではありません。店長のプロフィールを伝えずにわざわざ、店長の、という謎のサービス精神を追加したセンスが悪いのです。

結局その店で僕は、ビール2杯と熱燗4合、シメサバ、牛スジの煮込み、梅水晶、ポテトサラダをいただきました。どれも普通においしかったですが。