コトバのコラム 「コトバ大」山葉のぶゆきの週刊連載コラムです。

    第18回: 言葉に責任を持たなくてもいい理由

    今回は、少々真面目な回。
    さてさて「言葉」という言葉は、もともと「言」と表現されていたんだそう。
    それが奈良時代や平安時代に、事実を表す「事」と同じように重く考えられ始めて、何か違うなーとなり、もっと軽い意味を与えるために、木っ端の「端」を足して「言端(ことば)」としたらしい。

    また同じ理由で、たくさんある軽いもの、である「葉」や「羽」を足して、「言葉」「言羽」も使われ、その中の「言葉」が今でも採用されてるというわけ。

    つまり「言葉」とは、それほど重いものではないはずなのに、重たく感じられる風潮があって、それを正すために生まれたものなんですね。

    今の世の中、自分の言葉には責任を持ちなさい、的な教育を上司や親から受けることがありますよね。

    でも、軽口も大風呂敷もジョークも嘘も、立派な言葉なんです。

    というか、それらを認めたことにより、「言葉」という言葉が生まれた、とも言える。

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    第17回: フォローになってないし!

    そもそもフォローしたり、されたりしなくてはならない状況を作ることそのものが、腹が立つわけですが。

    あ、このフォローってアレですよ、SNSがらみのやつでなく、かわいそうな誰かをかばってあげる、あの人間的というか社会的なあの行為のことです。

    思い起こせば、子どもの頃からフォローされまくりの人生でした。

    兄がおりまして、これがよく勉強できる素晴らしい頭脳の持ち主だったんです。で、僕はというと、宿題から目を背けるために他人宅の犬をわざわざ散歩に連れて行くというボンクラっぷり。

    あとは自転車で知らない街をフラフラしたり、同じ少年ジャンプを何回も読んだり、勝手に近所の野球チームに混じって野次の練習をしたり。。

    ようは全く勉強せずに、超絶劣等生としての地位を家庭内でメキメキと伸ばしていたわけです。

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    第16回:慣用句の好き嫌い

    時々思うんですが、まさにそう!最初に言った人、天才!と、しっくりくる慣用句と、は?これ言ったの誰?と、さっぱり理解できない慣用句があります。
    例えば、恋に落ちる。

    もうおじさんなんでアレですが、若かりし頃を思い出すと、恋ってまさにストンって感じ。
    あれを落ちるって表現した人、天才すぎ。

    あと、目に入れても痛くない。

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    第15回:何を言ったか VS 誰が言ったか

    言葉は「何を言ったか」ではなく「誰が言ったか」が重要である、というような見解をよく聞く。
    また、その考え方が間違っている、という意見もたまに聞きます。

    ということで、これを掘り下げてみましょう。

    まず定義として決めておきたいのが、重要である、の部分。
    これは社会的な影響ではなく、個人の心に響く、と定義しますね。
    なぜなら社会に言葉を投げかけられる立場の人の多くは、すでにそれなりの誰かであるから。
    その中で争うと「何を言ったか」に勝ち目はないので。

    ということで、個人の心に響くのは、何を言ったか VS 誰が言ったか、で。

    分かりやすくするために、極端な例を出してみましょう。

    「まったく尊敬できない人がいうタメになりそうな話」
    VS
    「尊敬される人がいう無駄話」

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    第14回:不倫と言葉

    知り合いから聞いた話ですが、ある旦那さんが今ハヤリの不倫をしまして。
    奥さんが旦那さんの携帯をこっそりと見たことから、それがバレました。

    で、もちろん奥さんは激怒して旦那さんに詰め寄ったのですが、そこで旦那さんはこう切り返します。

    「あのさ、勝手に人のメールを見たんだよね?メールっていったら手紙と同じなんだから、それ江戸時代だったら死罪だよ。でも不倫で死刑にはならないんだから、そっちのほうが罪が重いんだよ!」

    すごい。
    まさに逆ギレです。
    奥さんの怒りはおそらく静まるどころか、倍増したでしょう。

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    第13回:トゥーシャイシャイボーイ世代

    時代によってファッションのブームが変わるように、人の気性というか性質も、時代によって流行があると思う。

    それは、起こる事件やそれこそ服装、雑誌、映画、テレビなどにも大きく影響するので、そう考えながら、それぞれの時代にハヤッたものを見ているとなかなか面白い。

    ちなみに僕の世代(1975年生まれ、前後数年の世代)を僕はトゥーシャイシャイボーイ世代と呼んでいるんですが、とにかくシャイなんですね。
    例えば音楽の流行から見ていくと分かりやすくて、そういうカルチャーの影響を強く受けるのは13歳から18歳くらいだとして、僕世代のその年齢の頃はバリバリのバンドブームでした。
    いわゆる第二次バンドブームですね。

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    第12回:死ぬほど、って使っちゃうんdeath

    時々、僕も使ってしまうんですが、「死ぬほど〇〇」という表現がいかん!という意見をたまに聞きます。まあ、真面目に考えればそりゃダメだろうけど、ここまでよく使われるていると、良い悪いで論ずることが虚しい、というか、現実的ではないような。

    と放り投げるのもアレなんで、「死ぬほど」に変わる表現を考えてみました。

    まず、死と真逆な感じはどうでしょう。
    命が伸びるほど、とか、産まれるほど、とか。

    命が伸びるほど美味い!
    命が伸びるほどラッキー!
    産まれるほど最高!

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    第11回:恐怖!田舎煮の怪

    ふらっと入った居酒屋の壁に、店長の田舎煮、というメニューが貼ってありました。

    よくある田舎煮であれば、椎茸や里芋、人参、大根、蒟蒻が。気が利いていれば鶏肉、えんどう豆、筍あたりも入っていて、ばっくりと醤油で煮込こまれた、よくあるスタイルの料理が想像できる。

    しかし、店長の、という一言が足されてるだけで、混乱がはじまります。

    店長の田舎。
    もちろん知らない。

    本来、解説が足されると、一歩分かりやすくなるはずなのに、というか、分かりやすくするために解説を足すはずなのに……。

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    第10回:ライター なるには。ラスト

    前回までは、何かしらの方法で基礎知識と文章力を得たとして、次に大切なのは「普段からライターに仕事を依頼している人に、自分の存在を知ってもらうこと」というところまでいきました。

    早い話が、営業活動を行う、ということになります。

    そのために考えなくてはいけないのが、一番最初に書いた、どんなスタンスのライターになりたいか、です。ちなみに、大きく分けて以下のようなタイプがあります。

    【副業ライター】
    週に数時間原稿を書き、アルバイト程度の収入を得るライター。

    【一般ライター】
    様々なジャンルの雑誌やwebメディアの執筆で生計を立てるライター。

    【専門ライター】
    得意分野があり、その道のトップを目指すライター。

    どれを選ぶかで、営業先が大きく変わりますから、最低限これだけは決めなくてはなりません。

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    第9回:ライター なるには。その3

    先週からの続きです。
    【ライター なるには】つまり【メディアから依頼を受けて、文章を書き、お金を頂く】ためには、業界の基礎知識を得ることが必須であるところまでお伝えしました。

    では、次の段階です。基礎知識の次に必要なのが、最低限の文章力と取材力。これもできれば、前回お伝えした以下のどれかの方法で、基礎意識と一緒に学んでおきたいところです。

    ・出版社や編集プロダクション、ライター事務所に入る。

    ・メディアとして機能しているwebサイトの運営会社に入る。

    ・学校や教室で最低限の基礎を学び、未経験者でも参加できるいくつかの媒体で執筆する。

    ・未経験者でも参加できる媒体で基礎を教えてもらいながら経験を積む。

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